ポルトガルの給与水準と働き方を考えてみた
「コインブラ大学(ポルトガル最古のコインブラにある国立大学)の学生の約70%が海外移住を検討中」ネットニュースの文字が目に留まりました。コインブラ大学の17歳から20歳の学生を対象に行われたアンケート結果のようで、移住検討の理由として、第一に給与水準、第二に就業機会、第三にキャリア形成とありました。移民に反対ではなく、ポルトガルに住み続けたいのに移住せざるを得ない、という状況に問題がある、という論調の記事でした。確かに、この地で生活をしていて感じることは、それなりに教育水準が高い人達は大学学部まではポルトガルにいても、修士以降は海外に出ていき、海外の企業や顧客を相手に仕事をしているということです。完全に移住している場合もあれば、ポルトガル国内に居住するリモートワーカーもいます。
そして、最近私がオンラインで日本語を教えている生徒さんで働いている人達(20代後半~50代まで)は、やはりほぼ皆このパターンなのです。比較的自由にリモートワークが認められている外資系企業や国際機関などで働き、必要に応じて海外出張に行くこともある、という人達です。定期的に出勤が必要な人は別ですが、リモートワークがメインという人達は地価の高騰が激しいリスボンやポルトといった都市部には住んでいません。「給与水準が高いのはやっぱりアメリカです」と教えてくれる生徒さんもいれば、今日はリモートワークする友人の家に泊まっているという生徒さんに、その友人の雇用企業がポルトガルか聞いたら「まさか」と言う答えが返ってきたり、授業の合間にささやかな情報収集に勤しんでいます(笑)。このように、ポルトガルでは教育水準が高いほど、選択の幅が広がり、自分なりの快適な生活を構築するということが起こっています。この流れはこれからも止まることはないのでしょう。
では、実際にポルトガルの給与水準を(私の独断と偏見で選択した)他の国との比較で見ていきましょう。
表1
国 | ポルトガル | 日本 | ドイツ | アメリカ |
平均賃金(USD)*[A] | 31,921.66 | 41,509.20 | 58,940.33 | 77,463.47 |
平均賃金(NCU**)*[B] | €20,323.30 | ¥4,522,614 | €45,457.19 | $77,463.47 |
平均賃金における税のくさび(%)*** | 41.93 | 32.65 | 48.30 | 30.47 |
単身平均賃金における被雇用者負担税・社会保険料率(%)***[C] | 28.14 | 22.30 | 37.98 | 24.81 |
手取り金額(USD)[α][A]×(1-[C]) | 22,939.04 | 32,250.91 | 36,557.45 | 58,248.54 |
手取り金額(NCU)[β] [B]×(1-[C]) |
€14,604.41 | ¥3,513,882 | €28,194.60 | $58,248.54 |
*:OECD stat “Average annual wages” 2022年 (CP/PPPとありますが、自国通貨建ての名目値が[B]と同じなのでどうなんでしょう)
**:自国通貨建て(National Currency Unit)
***:OECD stat “Average personal income tax and social security contribution rates on gross labour income” 2022年
各国の平均賃金をざっと見ると、アメリカは断トツで高いですね。生徒さんのコメントは一理あります。
そして、税のくさび(Tax wedge)を見ると、ドイツ、ポルトガル、ヨーロッパに比べると、日本、アメリカは低めです。ここで、税のくさびとは、雇用主が負担する労務費(つまり、受け手にとっては労働所得)に対する、被雇用者の所得税及び社会保険料(雇用主が被雇用者のために負担する社会保険料も含む)の割合を表します。更に、この数式の分子・分母から、雇用主が被雇用者のために負担する社会保険料を除くと、[C]が算出されます。そして、賃金総額100%から[C]を差し引くと手取り割合ということになります。これを各国の平均賃金に掛けて大体の年間手取り額を算定したものが[α][β]になります。
前述したように税のくさびには、分母・分子に雇用主の社会保険料負担が含まれているので、これは法人化していない自営業者の負担割合と考えればいいのでしょうか。そうすると、平均賃金レベルにおける自営業者の負担割合は、ヨーロッパでは相当な負担になるということが理解できるかと思います。ポルトガル人が個人事業をやるにしても、別途(社会保険料の観点から特に公的)雇用所得が得られる職を選好する理由を説明できますね。ちなみに、ここでは具体的な数字は示しませんが、ヨーロッパは、子供がいると一般に負担割合が減る傾向があります。
話を元に戻すと、単純に給与水準だけで考えると、明らかにポルトガルに分はありません。従って、それなりの高等教育を受けた学生が語学に問題がなければ、ポルトガル国外に出ていくのは極めて合理的な選択になります。そして、ポルトガルに住みたい人は、リモートワークが可能ならもちろんポルトガルなのでしょうが、どこを居住地にするかによっても、手元に残る金額が異なってくることが分かると思います。ちなみに外資系企業に雇用されている場合で、オフィスがポルトガル国内にない場合は、自営業扱いとなりますので、社会保険料負担は通常の国内被雇用者より大きくなります。また、収入が大きくなればなるほど、税のくさびも当然大きくなります。以前、ドイツ企業に雇用されてリモートワークをしている生徒さんで、居住地が何のゆかりもないアソーレスという人がいました。今から思えば、税率面で優遇措置のある居住地を選んだのかもしれませんね(マデイラとアソーレスは税制上優遇税率があります)。
ちょっと余談ですが、せっかくなので日本人がポルトガルに移住を検討する場合について被雇用者の場合でちょっと考えてみましょう。平均賃金で比較すると決して日本は税のくさびは高くないことは前述した通りです。
表2
国 | ポルトガル | 日本円換算*** |
平均賃金(NCU)*×1.33[D] | €27,029.99 | ¥4,324,798 |
平均賃金×1.33における税のくさび(%)** | 45.11 | |
単身平均賃金における被雇用者負担税・社会保険料率(%)**[E] | 32.07 | |
手取り金額(NCU)[γ] [D]×(1-[E]) |
€18,360.14 | ¥2,937,623 |
*:OECD stat “Average annual wages” 2022年 自国通貨建て名目値
**:OECD stat “Average personal income tax and social security contribution rates on gross labour income” 2022年
***:概算目的なので、便宜的に直近の換算レート160円/€を使用
平均賃金の1.33倍の場合の税のくさびと単身平均賃金における被雇用者負担税・社会保険料率([E])がOECD statから入手できるので、これを表1同様計算すると、手取り金額([γ])が算定できます。ここで、これが現在の日本円でどれくらいに相当するのかを確認するため、日本円換算値を表の右列で表しています。つまり、日本円で、4,324,798円([D])の年収があるとするとポルトガルで手元に残る金額は2,937,623円([γ])となります。つまり、日本の平均賃金4,522,614円([B])より僅かに低い[D]の収入で、手取り額が、日本の平均賃金の手取り額([β]) 3,513,882円より大幅に少なくなることになります。これは、被雇用者負担で計算しているので、自営業者・フリーランスは、更に大きな負担になることが税のくさびから想像がつくと思います。
実は私も以前、たまたまコンタクト下さったグローバル企業の方とオンライン面接したことが何度かありますが、ポルトガルに慣れてくると提示される金額を聞いて、給与水準の違いにびっくりさせられます。そんな急にやってくる機会に悔やんだのは、英語学習を継続する努力をしておけばよかった!ということでした(涙)。そんな訳で、最近は、もはや来るかどうかも分からないチャンスのため(笑)、散歩のお供に、英語の超テキトーシャドーイングをやるようになりました。ま、私はともかく、これから将来のある息子には英語をちゃんとやっておけ~!と言い聞かせています。
そんなこんなで、個人レベルではそれでいいと思うのですが、今日はポルトガルの選挙日。一政治家としては、有能な将来ある若い人材が国外に出ていくのを当然、と見送っているのはどうなのでしょうね…海外でしっかり鍛えてもらってから帰っておいで…なのでしょうか。国にしろ事業体にしろ大切なのは人。今後ますますグローバル化するこの社会で、政治家にとってかなりチャレンジングな課題だと思うのは私だけでしょうか…。
Comment
中々興味深かったです。たしか株式配当はの源泉徴収は30%を超えていましたもんね。
なかなかこうゆう視点からの記事はないと思います。
メッセージありがとうございます!そうおっしゃって頂けると張り合いが出ます!
ポルトガルに住まわれたことがおありのようですね?