ドウロ、トラズ・オズ・モンテス地方の愉しみ方

ロメウ(トラズ・オズ・モンテスの村)ーRomeu (Aldeia em Trás-os-Montes)

2018/04/29
 
ロメウ
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久しぶりにRomeu(ロメウ)というTrás-os-Montes(トラズ・オズ・モンテス)の村に行って来ました。ここには、2011年にポルトガルに来て以来時々訪れるお気に入りのレストラン「Restaurante Maria Rita(レストラン・マリア・リタ)」があるのです。ロメウの村は、かつて貧しかったこの地に教育や生活の基礎をもたらしたMeiréres(メイレーレス)家が運営するレストラン(前記)や博物館、Quinta(キンタ:農園のこと)で製造されるワインやオリーブオイルの直販店をはじめとして、周辺の家々や教会等の建造物がこじんまりとかわいらしくまとまっていて、もし車があれば是非訪れてみたい場所です。

Vila Real(ヴィラ・レアル)から北東約75km、A4(高速道路)をBragança(ブラガンサ)方向に進んでミランデラ(Mirandela)を超えてすぐの所にあります。この時期A4を走ると窓から見える風景はこんな感じ。収穫を終えたブドウの木が鮮やかに色づいています。

トラズ・オズ・モンテス

(夏時間が終わったことをすっかり忘れて)当日予約した時間(週末は予約した方がいいです)より1時間以上早く着いてしまった私達は、村の中をそぞろ歩きしながら、

ロメウ

ロメウ

ロメウ

先の博物館 “Museu de Curiosidades(英訳:Museum of the Curiosities)” に入ってみることにしました。その名の通り、興味をそそられる骨董品が沢山ありました。テーブルで4人にカードを切り分ける機械等歴史を感じさせる面白いものが一杯あったのですが、中でも心惹かれた一品はこれ、ジュークボックス様のディスクオルゴール。普通に聞けるのが感動です(館内の案内の方にお願いすれば聞かせて貰えます)。

ロメウ

博物館入口

ロメウ

ディスクオルゴールの音色…贅沢な午後の一時

それ以外にも、1874年にコルク商をしていたClemente Meiréres(クレメンテ・メイレーレス)氏がコルク目的でこの地に初めて足を踏み入れて(当時ポルトからロメウに着くまで10日かかった…気が遠くなりますね)以降の歴史、その息子がロメウをはじめとするトラズ・オズ・モンテスの他の集落にも教育や生活の基盤を作っていった過程等を知ることができます。当初はトラズ・オズ・モンテスの起伏の激しい地形や輸送インフラの欠如からコルクの採取・製品化は困難を極め、この地の物を利用した肉類・果実類の保存食事業を行うことになったものの、後年クレメンテ氏はロメウに居を移しコルク材の開発に注力し現在に至るようです。当時、氏が寝泊まりしていた場所(現在のレストランは当初マリア・リタ氏が運営する宿でした)がレストランの入口の横に当時のまま保存されています(レストランの従業員に言えば見せて貰えます)。

あと、地上階ではフォードの代理店をやっていた名残りで、フォードのクラシック・カーが楽しめます。

ロメウ

のんびり博物館を見学していたら時間になったので急いでレストランへ。

ロメウ マリア・リタ

ロメウ マリア・リタ

ちょっとした調度品が目を引く

テーブルの上にはパンとQuinta do Romeu(キンタ・ド・ロメウ)のオリーブオイルとオリーブのパテが置いてあります。このオリーブのパテがお気に入り。調子に乗ってこれでパンを食べ続けるとメインが食べられなくなるので注意。前菜にAlheira(アリェイラ:キリスト教への改宗を強制された元来豚を食べられないユダヤ教徒が代わりにパンや鶏肉で作った腸詰ですが、現在は豚肉も入っています)をお願いしたものの品切れ中、ということで今日はアスパラガスと生ハムのAçorda(アソルダ:所謂パン粥)とPosta(ポスタ:牛ステーキ)をキンタ・ド・ロメウの白ワインで頂きました。

ロメウ マリア・リタ

分厚いポスタ

ロメウ マリア・リタ

アスパラガスと生ハムのアソルダ

最後に店舗に寄ってお買い物。思った以上に収穫のあった一日でした。

ロメウ

 

 

 

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