ドウロ、トラズ・オズ・モンテス地方の愉しみ方

日本から見るポルトガル生活の究極の魅力

2020/01/09
 
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久しぶりに日本に長期滞在していると、日本という国はすごいなあ、と心底思う。何がすごいかというと、痒いところに手が届く、便利なモノやサービスが充実しているのだ。子供にお弁当を持たせようと思っておかずの心配をしていたら、今時の冷凍食品はランチの時間までには自然解凍してくれ弁当箱に詰めるだけで済むものがあること(子供の弁当に冷凍食品等の出来合いのおかずを入れることの是否はともかく、時間は節約)、炎天下の遠足で腐らないかを心配していたら、弁当箱サイズの保冷バッグが100円ショップで簡単に手に入ること(食中毒リスクの軽減)、を他のお母さん達から教えられた。そういう商品を取り揃えている企業魂もスゴイが、そういうものを探し出して準備万端なお母さん達も恐るべし。私が炎天下の遠足時のお弁当で思いついたのは、腐りにくいようにおにぎりに梅干を入れるという超原始的方法くらいだった…。

海外にいると、日本のこの至れり尽くせりの素晴らしさを改めて感じることが多いが、これは要するに企業努力は言わずもがな、消費者の要求水準も相当高いということに尽きるのだと思う。その点、ポルトガルは国民、消費者の要求水準は正直高くない。当たり前の物やサービスが当たり前に、いや当たり前以下で取り揃えられたポルトガルの、しかも片田舎の牧歌的な町に長く暮らしていると、ダイソーなんかで「このアイディア・クオリティでこの価格!?」といったスグレモノを目にすると、「へー!!」の嵐だ。

でも、きっとそこがポルトガルの良いところなのだろうと最近思う。私の知る限りでは、世界中どこにいてもありがちな人間関係で精神を病んでいる人はいても、命を削って働いて…という人にはいまだお目に掛かったことがない(田舎町だからだろうか…)。ポルトガルに行った当初は、スーパーの鮮魚売場で待ち人がいるのに、接客そっちのけでおしゃべりしている売場の従業員とかにびっくりしたものだけれど、今や結構大人しく待てるようになった。靴の修理が多少雑でも気にならなくなった。美容院のシャンプーがいい加減でもそんなものかと思うようになった。つまり、鶏が先か卵が先か、は議論があるところかもしれないが、モノやサービスの消費者側の期待値が低いので、提供者側のプレッシャーが少なくて済むのだ。

そして、ポルトガルは何よりもスローフードを体現している。日本にいると、皆忙しいからか手軽で簡単にできるものが店に溢れ返っている(もちろんポルトガルにも全くない訳ではない)。久しぶりに日本のスーパーに行くとドレッシングや調味料の種類の多さに圧倒される。そして、塩だけというシンプルな味付けに慣れると、趣向を凝らしたインスタント食品の味の複雑さにびっくりする。そう言いつつ、根が怠け者の私は日本では「楽な便利」を選択してしまう。ポルトガルなら、サラダは(地の)オリーブオイルと塩、ヴィネガーを振って味付けし、ポン酢や麺つゆは手作り、一人ランチならたっぷりの野菜をニンニクとオリーブオイルで炒めて塩だけ振って、パスタに混ぜるという労力を惜しまないのに…。

ポルトガルはあったらいいな、と思うモノやサービスが簡単に手に入らない不便な国だ。サランラップさえまともに切れない。でも、その不便さが、料理をしなければいけなかったり、頭や体を使うという一定の労力を要求してくれるから、怠慢な私が健康でいられるーそれが実はポルトガル生活の究極の魅力なのかもしれない。

 

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