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学校の成績って重要なの?ーポルトガルの学校教育

 
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ある日本語教育のテキスト(日本で作成されたものではない)の形容詞導入部分で、様々な人の顔のイラストとそれを表す日本語の形容詞が記載され、イラストから形容詞の意味を推測させて、自分の周囲にいる知り合いの顔を思い浮かべさせるというページがありました。単に形容詞とその意味を教えるより、そのイラストを見て想像させた上で実在の人と紐づけるというのは、学習の取っ掛かりとしていいね♪と思いながらイラストに目を走らせると、学生が満点のテストを掲げているイラストの下に「いい」という形容詞が書かれていました。「やさしい」人や「怖い」人はイラスト通りだけれど、日本語でいわゆる「いい」人は、成績がいい人とは違うな~と思いながら、ふと、そうか、「いい人」ではなくて「bom aluno(英語でgood student)」と言いたいのか、と思い当たりました(それでも日本語直訳「いい生徒」では変ですね、「優等生」でしょうか)。という訳で、今日は、ポルトガル生活でよく聞くこの「bom aluno」や「成績」について書いてみようと思います。

一昨日、近所のスーパーで息子と買い物をしていたら、背後から挨拶の声が。振り向くと、息子の小学3・4年生の時の担任の先生でした。こちらでは、日本のように小学校6年間ではなく、1年生から4年生までが一括り、5年生・6年生は別の括りになります。そのため、5年生からは学校も変わり、先生には久しぶりにお会いしたのでした。久しぶりの再会に息子も大感激で大きなハグを交わし、その後近況報告。そして最後に先生は息子に忘れずに聞きました「成績はどうだったの?」。

そうなんです、こういう会話って個人的には、とても違和感があるのですが、皆さんはどうでしょう。同じような場面に遭遇しては、ムムと思います。例えば、息子がクラスメートの話をすると、夫はすかさず聞きます「その子はbom aluno(=good student)なの?」。先に述べた通り、これは日本語でいわゆる「いい子」かどうかを聞いているのではなく、「成績がいい子」かどうかを聞いている訳です。学期が終わったら、ポルトガル人の祖父母も聞きます「成績、どうだった?」。学校では試験期間があって、その試験の日程(複数教科の試験が1日に重なっていないか?など)を保護者が気にし、試験に備えて子供の勉強に付き合うという話は普通に聞きます。息子の所属するサッカーのクラブチームでも学期終了時に成績表の提出を要求されます。

勘違いのないように念の為。成績なんてどうでもいい、という気はさらさらありません。ただ、多少ポルトガルを知っている人からすれば一見教育環境ものんびりしているのでは?と思われるかもしれませんが、私個人の印象では、ポルトガル社会は日本以上に成績を気にします(勤勉かどうかは…?)。高校まで義務教育のポルトガルで、特に私立受験を予定していないのに、子供を塾に通わせたり家庭教師をつけたりしていると聞いて最初はびっくりしたものですが、今やそれがとりたてて教育熱心なことだとは思わなくなりました。ちなみに、これは私が住む内陸の小さい町の公立学校の話で、沿岸部の都会の町では、言わずもがななのだと思います。

前述したように、ポルトガルでは高校までが義務教育なので、大学で初めて受験を経験するのが一般的です。そして、日本のように推薦入学でなければ基本的に入試結果一発で決まるのではなく、高校時代の普段の成績が結構加味されるらしいので、高校入学してからずっとストレスだったという親御さんの話も聞きます。高校に入ったら塾や家庭教師代が大変!という話も聞きます。つまり、決してのんびりしている訳ではなく、受験直前に猛勉強!は通用せず、日頃からきちんと勉強することが要求される分、逆に長期に渡ってストレスに晒されるということなのででしょうか?息子よ、頑張っとくれ(笑)。

そして、もともとの本題「成績は重要か?」、つまり、実際にそれが人生にどう繋がるか、となるとどうなのでしょうね、正直いまだによく分かりません(笑)。ただ、一般論だとは思いますが、成績が良ければそれなりの大学に入れ、そうすれば友人の幅も広がり(人は良くも悪くも周りにいる人の影響を受けるので)、ポルトガルに限らず様々なチャンスへの扉が開かれやすいのは事実でしょう(あくまでも、やりたいことが明確でない場合ですが)。尚、こちらでは無事に大学に入学した後も学内での成績は重要です(ここが私の知っている一般的な日本の大学とは異なります)。そのため、試験が難しかったりすると、学生の反応も相当攻撃的で、試験の後のクレームを受け、学生達の抗議を聞く時間を別途設けざるを得なくなった先生もいました。おそらく、大学での成績表は次へのステップに進む際に提出が要求され、そこで改めて次の扉が開かれるかどうかの決定に際して少なからず加味されることを、学生達も認識しているのでしょう。

後日、ポルトガルの乗りで、聞かれた訳でもないのに息子が祖母(私の母)に自分の成績を披露すると、母は一言「すごいねー、○○(息子の名前)のお母さん(つまり私のこと)は小学校の頃、そんなにすごくなかったよ。良かったのは体育と音楽ぐらい」。ははは、事実だけど私のことはええやん!

 

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